2007年11月30日

桑江良健の絵・徒然3


        ムイ(林)の中    F40号   かじまやぁ美術館所蔵

 モンマルトルの似顔絵描き仲間のNさんは、映画の助監督をしていたそうでパリに兄さんと一緒に来て、似顔絵を描きだしたそうです。

 Nさんは、助監督をやっていたと云うだけあって、とても映画に詳しい人でした。映画の事をよく教えてもらいました。

 ある時、彼と一緒にモンパルナスの「カフェー・ドーム」と云うカフェーに、藤田嗣治を知っているマダムが居るので二人で会いに行きました。何を話したかあまり覚えてない。

 絵画史の中に出てくる人の事を何でもいいから聞いて見たいと思った。

 その人の名前は「マダム・ブリジット」です。 

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2007年11月29日

桑江良健の絵


      つきしろから見た中城湾   大きさ:F100号   かじまやぁ美術館所蔵 

 
 1974年、何の目的も持たずにパリに来た。

 モンマルトル墓地の近くに住むことになる。ある時たばこ屋でタバコを買っていると、後ろから「私のタバコも買って下さい」と日本語で声を掛けられる。

 彼は、昨日パリに来てフランス語が全然話せないとの事です。

 一緒にカフェーに入り色々話をし友達になる。彼・Gさんがパリで初めての友達と成る。

 Gさんはパリに絵を描きに来たとの事。私とは違い皆目的を持ってパリに来たようです。

 Gさんは私よりひとつ年下だが、すでに絵を描いて10年以上になる。私とは比べものにならない程絵がうまい。

 私がタバコ屋で彼と会わなければ、今の私があるだろうかと考える今日この頃です。

 人生には、「もしあの時あの人」と云う、「もしも」ということで人生の方向性が決まっていくように感じる。

 絵の事を色々教えてもらった。お互い若いからよく言い合いもしたものです。

 そのGさんは、いま何処に居るのかわかりませんが、きっと頑張っていることでしょう。

 Gさんは、私の人生でキーパーソンの一人です。

 
 
 

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2007年11月28日

人形劇団かじまやぁ


                嘉芸小学校公演


               公演後人形の演技指導


 今日は金武町の嘉芸小学校で「チョンダラー」を公演してきました。

 チョンダラーはとても人気があって私達も公演のし甲斐があります。

 上演後は人形操作の指導も行っています。

 又小さいF6号の絵も披露して居ます。今日は将来絵描になりたいと云う子が20人ほど居ました。私のように成りはしないかと、少し心配になりますが嬉しいものです。

 片付けて居る時2人の子が来て、「絵を描くときどうすれば集中できるのか」と云う質問を受けました。立派な質問に感服。

 わたし曰く「絵を好きになることです。」と答える。 

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2007年11月27日

人形劇団かじまやぁ


                 船越幼稚園での公演風景


 今日は南城市の船越幼稚園で公演をしてきました。睡眠も十分とり、6:00amに我が家を出発。雨は降っているものの快調に高速道を走る。

 しかし何か物忘れしたような気がしてならない。でも色々チェックするが忘れた物はない。

 高速道も最終出口の豊見城に着く。でも何か物忘れしたように感じる。いつもより時間がかかったような気もする。

 程なく行ったところで間違いに気付く。糸満市に向かっている。糸満の高嶺小学校のところでUターンし大里に引返し7:50am無事船越幼稚園に到着。

 公演は園児とおじいさん・おばーさん達と一緒にご覧になる。大成功裡に終えることが出来ました。

 少しボケてきたのかなぁーと独り思う昨今ですある。

 
 
 

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2007年11月26日

人形劇団かじまやぁ


        岩のある風景    大きさ:F40号   かじまやぁ美術館所蔵


 7,8年前群馬県の太田市の保育園の子供達に人形劇を披露した。

 その時、開演前に子供達全員でわらべ歌を歌い始めたのです。何とそれは沖縄のわらべ歌だったのです。1曲だけではないのです。5,6曲歌ったのですが、沖縄の方言のアクセントもイントネーションをバッチリです。

 私達を呼んでくれたのも、納得した訳です。ここ太田市は車の組み立て工場が有るらしく、沖縄から多くの人たちが働きに来ているのだなーと思っていました。

 劇を終え先生達と交流す事になり、「わらべ歌」の話になり、ここには沖縄からの子供達が来ているのですか。と尋ねたら沖縄の子供は一人も居ないとのこと。又ビックリ。。。。

 わらべ歌を歌っていたのは群馬県の子供達だった訳です。

 先生達曰く「沖縄のことを学ぼう」とそれにはわらべ歌とか沖縄の芸能が一番いいのではないかと云う事でした。

   

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2007年11月25日

桑江良健の絵・徒然2


      人形使いとキジムナー達   大きさ:F100号   かじまやぁ美術館常設展示


      石川の伊波保育園に於いて


 私は結婚する時、子供は要らないと云う約束で一緒になった。絵を続けるためには、子供が居ると当然子供を中心に生活せねばならない。

 絵が売れていれば、子供が居ても何の問題もないが、世の中それほどあまくない。絵に描いたモチを子供に「食べなさい」と云うわけにもいかない。

 この選択は正しいと思っているが、私の妻はどう考えているか本当の気持ちは判らない。

 しかし、赤ちゃんを見ると「何てかわいいだだろうか」と微笑んでしまう。すやすやと寝ている赤ちゃんを見ていると幸福感を感じてしまい、つい写真を撮ってしまった。

 子供を育てる事に比べれば絵など問題にならないように思う。でも絵でしか生きていけない人間も居る。今まで何万時間も絵を描いてきたが、来年から絵で最後の旅に入ろうかと思っている。

 今は、「自分の作品を社会が必要とするのであればそれもよし、又必要としなければそれもよし」と云う心境になれました。 

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2007年11月24日

桑江良健の絵


         ヤンバルのひと時    大きさ:F100号   かじまやぁ美術館所蔵


 私の場合、絵は画面空間の解決が最も大事と考えています。ブリューゲルの「死の勝利」と云う絵を目標にやってきました。15年ほどかかりましたが、技術的に今は楽に描く事が出来ます。

 8,9月の2ヶ月かけて手元にある自作品に空間処理の加筆をしたが、再度の加筆を今年一杯かけて行っています。

 どんなに形がよくても「空間が完璧」でない絵は、私としては納得がいきません。画面上では「ゴミもダイヤモンドも同じ価値」だと思っているからです。

 来年からは、自分の作品を色々な方々に披露して行くつもりです。

 色彩空間が完璧な絵は見る人の「本能」に訴える事が出来ると思っています。かじまやぁ美術館の作品は、2点以外全て「色彩空間」が完璧になった作品にしています。

 同一作品で昨日見た作品でも、色彩空間が完璧な作品は違った存在になります。

 完璧な画面は原画でしか現れません。映像では表現できません。「色彩空間」に興味のある方は、かじまやぁ美術館にお出でになればご覧になれます。
 

Posted by かじまやぁ at 10:46Comments(3)TrackBack(0)美術館
 

2007年11月23日

人形劇団かじまやぁ


          伊是名   大きさ:F4号   かじまやぁ美術館所蔵


 伊平屋小中学校で人形劇を公演するため、フェリー伊平屋に乗るため運天港に着く。時間があるので「ウタキ」にお参りしようと云う事になり、「無事に公演が終わりますように」とお参りしたわけです。

 気持ちも晴れ晴れ港に行ったら、ひとつのフェリーが今出発して岸壁を離れています。もうひとつフェリーが止まっていて、それがフェリー伊平屋だと信じ込んでいたのです。出発したのは私達が搭乗しようとしていた「フェリー伊平屋」だったのです。

 サー大変、船は一日に一便しかない。今日午後の伊平屋小中学校での公演は不可能だ。明日に延ばす事は出来ない。「ウタキ」であれだけお願いしたのにと悔やむばかり。「ウグァワン不足」か。。。

 このままでは気が治まらないので、もうひとつの「フェリー伊是名」は何時出発か聞いたら、1時間後との事。それに乗って伊是名島に行って、そこから漁船をチャーターして野甫島に渡れないか。。。それが可能で有れば伊平屋での公演が可能だ。

 早速、伊是名の役場の友人に事情を説明したら、「漁船をチャーターして待っている」との返事。フェリー伊是名に乗り、漁船に乗換え野甫に着く。伊平屋小中学校の車が野甫まで迎えに来てくれました。

 学校に着いたら校長先生曰く「運天港の港でかじまやぁさん達を見かけたが、フェリー伊平屋に乗ってないが、どうしたのだろう午後の人形劇公演に間に合わないはずだが」と思っていたそうです。

 公演も無事終わらす事が出来ました。「ウグワァン」が叶ったんですかね。

  

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2007年11月22日

人形劇団かじまやぁ


    私立保育園連合会・嘉手納町ホール


 人形劇団かじまやぁは1974年に旗揚げして今年33年になるが、その間沖縄の離島の小学校は宮古の一校以外全校、それに本島の僻地校は全て回りました。

 児童・生徒が全員で5名と云う学校が2校、8名とか12,3名の学校がたくさんあります。

 このような公演で一番難しいのは、島に渡ることです。半年前から計画を組んでもその時々の天候で船が欠航したりするからです。特に南北大東島、波照間、渡名喜、粟国、与那国、多良間、鳩間、伊平屋、伊是名、大神、みんな島(本部町)、池間、来間島にいくには苦労しました。

 毎日、新聞の天気図とにらめっこです。フィリッピン東方海上に熱帯低気圧の渦巻きがあると要注意です。3,4日後には船便に影響がありますので、船のキップの変更等々気を使うものです。子供達が待っていることを思うと、大人の都合とか天候でのいい訳はよくないことです。

 そのお陰で人形劇団かじまやぁはこの33年間、一度も公演をキャンセルした事はありません。

  

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2007年11月21日

桑江良健の絵・徒然1


      人形劇団かじまやぁ   大きさ:184x161cm   かじまやぁ美術館常設展示


 アルジェからパリに戻りはしたが、3ヶ月単位でフランスを出ないと不法滞在になる。でも絵を描かねばならない。幸いにも友人達のお陰で早速制作に取り掛かることが出来た。

 今までのような方法では絵を描き続ける事は困難だ。絵を描くには拠点が重要だと判った。移動しながら描くのはとても効率が悪い。

 今まで道草、遠回りしたが気持ちがスッキリしたので、それで良かったのかもしれない。

 当時パリでは水曜日と日曜日が、ルーブル美術館とポンピドー美術館が無料だったので、毎週2回は美術館廻りして自分の絵と比較する時間に当てる。 

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2007年11月20日

桑江良健の絵・移動50


            兄妹   大きさ:F25号   個人蔵


 フランスでヒッチハイクをする事は、私にとって無意味な事だと思った。大事な時間を無意味に過ごしているように感じる。

 ヒッチに見切りを付け列車でパリに行く事にした。でもパリに行ったからと云って今後の生活は厳しくなる一方だ。

 今の様な生活をしていたらダメになる事は明らかだ。このような事を考えつつ列車に乗り込む。

 車中でキップの確認に車掌が廻ってきて、私のキップを見て「あーでもない、こうでもない」とフランス語と英語で話すが、チンプンカンプンだ。隣の乗客も通訳するが、私には理解できない。とうとう車掌は「私のキップに何か書き込みをし」去って行った。

 後でその意味が判った。乗車する前に「キップを切らしなさい」と云う事だと判った。それをしないとキセル乗車とになされ、3倍ほど余計に払わされてしまいます。

 20センチ角で高さ1メートルほどの自動キップ切り機が、プラッホームの入り口付近にあるのを知りませんでした。語学が堪能であれば、3倍払わされるところでした。

 職を探しにアルジェリアまで行って何もなし、職探しの旅が終わる。また、暗く寒いパリでの生活が始まる。
  

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2007年11月19日

桑江良健の絵・移動49


      あじくーたー   大きさ:144x121cm   かじまやぁ美術館常設展示


 アルジェからマルセイユまでの記憶は殆どない。ただ船のデッキから見たアルジェの街の風景が目に浮かぶ。

 マルセイユに着くと寝場所を探すため夜の街を歩いていると、5,6人の男が歩道に車座になって座って酒盛りをしている。乞食さん達である。

 「どの辺りが寝場所にはいいか」尋ねたら、「君も一杯飲みなさい」と薦められワインとチーズをご馳走になる。

 彼らと別れ寝場所を探し、いつの間にか寝入ってしまう。日も上がらないうちに目が醒め、ヒッチハイクをするためパリ方面行きの道路に立つ。

 程なくして、毛皮のコートを着た若い婦人が来て曰く「何をしているのか」尋ねる。事情を説明すると、私もパリ方面に行くから一緒にヒッチしようと云う事になる。

 その前に、カフェーで「何か食べよう」と云う事になり、近くのカフェーに入りコーヒーをご馳走になる。

 彼女は女性が持つハンドバッグなど何も持ってない。毛皮のコートを着て居るだけだ。

 二人でヒッチを始めたら、彼女が、手を握り親指を立てヒッチのポーズをするものだから、、、、車は止まる止まる。そのつど彼女は、私を指差し「彼も乗せてくれ」と頼むが、それを聞くと皆、走り去っていく。

 そうこうしている内に、一台のスポーツカーが止まる。彼女と運転手が、何か二言三言話してから風の如く走り去って行った。

 当然であろう。その後、私は夕方までヒッチを続けるが1台も止まらない。これが浮世のサガであろう。 

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2007年11月18日

桑江良健の絵


          嘉津宇岳   大きさ:F20号   かじまやぁ美術館所蔵


 20年前ある美術雑誌で加山又造さんが、「ブリューゲルの風景画の空は平坦になっている」と言われた記事を読みました。

 私はその時、何時か加山又造さんにお会いして、私の絵を見て頂こうと決めました。

 1992年の桑江良健絵画展「北斎・ブリューゲル色彩空間に至る」の案内ハガキを送り、何時かお会いしたいと申し上げ、5年ほど前に神奈川県大磯のアトリエにうかがいました。

 残念ながら川崎のご自宅で病気療養中とのことでした。その時アトリエには義弟さんがいらして、川崎の加山さん宅にすぐ電話をして下さいました。

 奥様が出られて「病気こうこうしかじか、、、ですので電話に出られないとの事でした」。その後文化勲章を受けられてから亡くなられたようです。

 私がそれを知ったのが去年です。実際にお会いする事は出来ませんでしたが、私はお会いできたと思っています。私の人生の一ページを飾る出来事としたいと思っています。 

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2007年11月17日

桑江良健の絵

   
         風景   大きさ:F4号    かじまやぁ美術館所蔵


       あじくーたー    大きさ:F40号   かじまやぁ美術館所蔵


 先月テレビで「ポアンカレー予想」と云う番組を見て大変感動しました。私は数学について全くの素人ですが、物の追求の仕方が私の絵の追求ととても共通するところがある。

 フランスの数学者ポアンカレーが100年前「宇宙は球である」と予想」したらしい。多くの数学者が「その予想」を解くため挑戦したがなかなか解析できなかったが、100年後の今年ロシアの数学者グレゴリ・ベレリマン博士がそれを解く事が出来たそうです。

 私の絵とどのような共通点があるのかと云うと、「絵では画面の中ではゴミもダイヤモンドも同じ価値しか持たない」と云うのが私の考え方です。「宇宙は球であるというのと、絵の中、即ち画面と云う宇宙ではゴミもダイヤモンドもひとつの物に過ぎない」と宇宙を解くという上では同じ事のような気がする。

 「風景」と「あじくーたー」を展示してあるが、画面と云う宇宙を解くためのひとつの手段に過ぎない。私は、絵の追求とは画面と云う宇宙を解く事にあると思う。その宇宙を私は解く事が出来ました。

 グレゴリ・ベレリマン博士は「ポアンカレー予想」を解くために数学だけでなく物理学の方からも探りを入れたそうです。

 殆どの数学者がグレゴリ・ベレリマン博士の解析を理解できないで居るそうです。桑江良健の絵も殆どの絵描が理解できてないようです。

 北斎やブリューゲルを神の位置おかず、私が彼らのことを平気で云うのは、私が「絵画の宇宙空間」を 追求しているからだけの話です。云えば基礎研究です。

 桑江良健は、人間がアンドロメダ星雲まで行くには「平面の解釈を新たにする必要がある」と予想します。数学や物理学の事は判りませんが、絵画と云う宇宙の事は数学者の誰よりも知っているつもりです。
  

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2007年11月16日

人形劇団かじまやぁ


      久部良港(与那国)   大きさ:サムホール   かじまやぁ美術館所蔵


 与那国の小・中校3校で人形劇の公演のため行く。当時、「1時間の仕事のつもりで出かけたが、天候不順のため1週間足止めを食う」と云うのが、与那国ではよくあることでした。私達はその事を知っていましたから、天候が安定する時期を選んだので、予定通り事を運ぶ事が出来ました。

 与那国とは「どなん」とも云って、意味は「渡る事が難しい」と云う事です。当時を知る者にとって与那国は本当にどなんでした。

 久部良小・中、与那国小・中、比川小・中学校の3校でやったわけですが、児童生徒は勿論先生方にも大変親切にしていただきました。

 久部良港の絵は、その時を記念して絵にしてみました。17,8年前の作品です。

  

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2007年11月15日

人形劇団かじまやぁ




 20年前、北大東小・中学校に公演に行くためには、1回の公演の為に前後合わせて、15日間余裕をとっておかなければなりませんでした。

 飛行機は19名のりの小さな飛行機で、那覇から大東島に向かう時は12名しか乗れません。大東島上空が天候不良の場合、那覇に引き返す燃料を多めに入れるためです。7名分を燃料に当てるわけです。乗客も荷物を全部重さを計量していました。

 30年前はもっと大変で、船からクレーンで人も荷物も上げていました。南北大東島に行ったら人間の考え方が変わると思います。 

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2007年11月14日

桑江良健の絵・移動48


      うしんちー   F4号    個人蔵
 

 オランからアルジェまでのヒッチハイクもとても簡単に出来ました。軍将校の家族の車に乗せてもらいました。

 アルジェには夜着いたので浜辺で寝ていたら、軍の兵士が来てここは危険だから、「ここでは寝るな」と云われやむなく街の中心地のベンチで寝る。

 警官がやって来て、私が見守ってあげるから、「安心して眠りなさい」と言ってくれる。3日間職を探す為に同じベンチで夜を過ごす。

 私の考えがとても甘く、現地で職が探せる程世の中は甘くないです。一人雇うと色々手続きが面倒くさいらしい。何箇所か当たって見たが断られる。

 何のために5000kmも移動して来たのか、、、、自問自答 。

 ここアルジェに居てもしょうがないので、取り敢えずフランスに戻ることにしマルセイユに向かう。

 このままでは本当にダメになってしまうと、船の中で今までやってきた事を色々考える。 

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2007年11月11日

桑江良健の絵・移動47


     人形使いとキジムナー達   大きさ:F100号  かじまやぁ美術館常設展示


 車を気にしつつトボトボ歩く。間もなく1台の90cc程のバイクをヒッチする。後部座席に乗せてもらう。

 彼は郵便局に勤めているらしく、アルジェリアがフランスから独立する時に戦ったそうです。

 アルジェリアではヒッチハイクが楽な分、思い出せる記憶があまりない。

 フランスの作家・カミューの作品・ペストの舞台になったオランと云う街に入った時、子供達が4,5人並んでおやつを買っているので、私もその後ろに並んでまっていたら、そこの若い青年は私からは金を受け取らずにおやつをくれた。

 概して、イスラム教の国の人は貧乏人の旅行者には親切です。少なくとも私に限って云えば、とても親切にして貰いました。(モロッコの税関吏一人以外は、、、)
  

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2007年11月10日

桑江良健の絵・移動46

  
         H氏の肖像    大きさ:F100号   かじまやぁ美術館常設展示      


 ウジュダからバスでアルジェリア国境まで行く。何処の国境もそうですが、独特な雰囲気がある。

 バスを下り100mほど歩きモロッコの税関で出国手続き。私以外誰も居ない。アルジェリアの税関までの間に緩衝地帯があり、歩いてアルジェリアの方に行き、無事入国。

 税関の建物以外何もない。とことこ歩くが民家らしいものは何も見当たらない。とても静かです。日もかげってきたので道端でテントを張る。サソリが居そうなので、テントに入って来ない様に気をつけ、暗くならないうちに食事を取り寝る。  

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2007年11月09日

桑江良健の絵・移動45


          人物   大きさ:F25号   かじまやぁ美術館所蔵


 自転車を押して歩き始めて、「アルジェまで本当に行けるのか」自問自答しながらの毎日。
 夕方頃、突然私の前に車が止まる。ひやかすつもりなのかと一瞬思う。中から4人の男が下りてきて、「日本人か」と日本語で答える。勿論そうだと返答する。
 「何処へ行くのだ」と聞くので、今までのことを話すと、彼等曰く「我々は今からモロッコに行くところだ、貴方が歩いているのを見て、日本人らしいのでUターンしてみたのだ」と。。。
 再度モロッコ入国を試みる。日本人5名で、それに車と来ているので簡単に入国できた。これが浮世か、、、
 彼らのお陰で国境の街・ウジュダまで連れて行って貰う。そのお礼と云うわけではないが、ポンコツでは有るが自転車をプレゼントする。自転車で何か買い物が出来そうなのです(折りたたみ式なので車のトランクに入る)。。。。
 アルジェリアはヒッチで行くつもりですので、もう自転車は必要ない。
彼らとはウジュダで別れ、又独り国境に向かう。

  

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