2007年08月31日
桑江良健の絵

うしんちー 大きさ F4号(23、5x33、5cm)
この絵は南城市の「安らぎ和みの庭・しゃんぐりら」のギャラリーが所有展示しています。この絵は平凡社発行の伊波普猷著「沖縄女性史」のカバーに使われています。
2007年08月30日
桑江良健の絵

琉装 大きさ:10x15cm
この作品は売れて手元にはありません。私は長年フランドルの画家ブルーゲルをマークして描いていますが、この作品は自分がどれだけ小さく描けるかがテーマでした。何時描いたか正確にはハッキリしないが10年程まえの作品だと思います。この様な仕事をしたお陰でとうとうリュウマチになってしまう。ルノアールもマチスもリューマチになったので私も彼ら同様歴史に名を刻めるかも知れません。リューマチは今のところ進行が止まっているので制作は可能です。
2007年08月29日
沖縄人形芝居「チョンダラー」公演

宮古島市の「まてぃだ劇場」で公演した時のスタッフとのスナップです。その時は宮古高校の全校生徒に披露しました。人形劇団かじまやぁの人形劇は中学・高校生はもとより大学生に見せるととてもビックリし感激します。先だっては横浜の明治学院大学の学生が、かじまやぁ美術館を訪れかじまやぁの人形芝居をご覧になりなした。たいへん感激してお帰えりになりました。
2007年08月28日
沖縄人形芝居「チョンダラー」公演


昨年岡山県井原市で人形劇団かじまやぁが公演を行った会場です。井原市の「まなびメイト」の皆様の方の主催で行われました。公演は大成功で打ち上げ交流会も大盛況でした。まなびメイトの皆様はじめホールを担当されたスタッフの皆様方に改めて感謝申し上げます。
2007年08月27日
桑江良健の絵・移動18

イランのマシャドからアフガニスタンのヘラトまでは殆ど沙漠です。私達一般の旅人はバスの座席に座って移動するが、途中の沙漠のオアシスに住んでいる人たちは、車のバンパーとか足が載せられるところがあればそこに足を乗せ、手は何処かにつかまり何時間も沙漠を車に乗って家に帰ります。この光景を見せ付けられると私達の人生なんてチャチな感じがする。私がアフガニスタンに入ったのはまだソ連軍が侵攻する前ですからとてものどかです。街を兵隊さんが20人程の隊列を組んで行進している姿はおもちゃの行進の様に感じられましたが、イランの人達に言わせると「アフガニスタン人はとても戦闘的で怖い」との評判が今わかります。ソ連軍の侵攻、今アメリカを中心にした多国籍軍が進駐しても今なお戦っている。アフガニスタンは何百年前の蒙古軍の襲来で街が全部破壊され、また現在に至るまで戦闘の歴史だから、彼らの中には生まれながらにして戦闘と云う闘争本能があるので、どんな軍隊が来ても支配できないだろうと私は思っています。
2007年08月26日
桑江良健の絵

アフガニスタンのビザを取るためテヘランで一日中アフガン大使館を探し夕方やっと探し当てたら、もう館は閉館してしまってやむなく街の中心地に戻る。同業の旅人曰く「マシャド」でビザは取れる」のこと。マシャドはアフガニスタンとの国境の街でとても大きなモスクの有る街です。ここの人々はとても信心深い人が多いようです。トルコ国境よりの税管吏とマシャドの税管吏とは大分違うようです。
ペルシャ絨毯の工房を見学してイラン(ペルシャ)の文化の高さを感じた。こういうのに民族の誇りが凝縮されているように思う(一つの絨毯に何年もかけ仕上げるとの事です)。どんなに外国の圧力を受けようがペルシャ帝国の誇りが外圧を駆逐するでしょう。
2007年08月25日
桑江良健の絵

人形劇団かじまやぁ 大きさ:184x161cm
この絵は私が初めて人形劇団かじまやぁと知り会った時描いた作品です。21年前の作です。絵が進歩すると加筆する癖があり3日前もこの絵の色彩空間の引き締めを行いました。画面がとても強くなりよくなりました。
絵描になると決めて今年で33年なるがその間に売れた作品は950万円程です。人は「こんな仕事はよした方がいい」と思うが、私自身、勿論他人には「絵描き」に成ることは薦めませんが、生まれ変わっても絵描になると思いです。
何故なら今世界に星の数ほど絵描が居ると思いますが、私より色彩と描写に関して描ける絵描は居ないと思います。今から少しずつ世の中の表舞台に台頭して行こうと思っています。もし私が言ったとうりにならなければ「彼は大ボラ吹きだと笑ってください」。
2007年08月24日
桑江良健の絵

あじくーたー 大きさ 164X141cm
あじくーたーと命名された最初の絵です。展覧会のとき沖縄テレビの取材を受け、「この絵の題名は何ですか」と聞かれとっさに「あじくーたー」と言ってしまい、それ以後この様な絵は全て「あじくーたー」と入れるようになる。
2007年08月23日
桑江良健の絵・移動16
アテネで2日間ヒッチハイクするが1台の車も止まらず、やむなく列車でイスタンブールに行く事にした。
地図を持ってないととても不便だ。イスタンブールからはバスでテヘランまで行く。こちらの幹線道路は片側一車線ですが大型タンクローリー車が時速130キロほどで走行するのでとても危険です。追い越しもあいていれば左右どちらからでも追い越します。道路から300Mほど入ったところに大型車が仰向けにひっくり返っている光景をよく見ます。
世界を旅するとき気をつけなければいけない事は、知らないうちに密輸の手伝いをさせられることがあります。特に麻薬には気をつけたいものです。私もイランに入国するとき知らないうちに密輸の手伝いをさせられていました。
2007年08月22日
桑江良健の絵・移動15

レズボスでの仕事も終え当地を離れる前に、何時もお世話になっているおばぁーさんの為に、風景画を描いてプレゼントする事にしました。額などないのでダンボールを拾ってきてそれに貼り付ける。そまつな物ですが私が出来る精一杯の行為です。その絵を差し上げると、おばぁーさんは「その絵を自分の額に当て有難う」とお礼をする姿に、私は人間性とは何かと云う事を判った思いがしました。
背負子(リュック)も壊れているので、絵の木枠で作り直す。今はパリに戻ってもどうしようもないのでインドに行く事にする。教会の司祭はじめ皆様方にお礼を申し上げて当地を後にする。レズボスでのことは30年前の出来事ですが今でもはっきりと覚えているものです。私の人生に大きな影響を与えたのでしょう。死ぬ前に出来ればもう一度訪ねてみたいものです。
2007年08月21日
人形劇団かじまやぁ
福山市リーデンローズ ファサード

昨年11月に広島県福山市の公演会場リーデンローズです。とてもりっぱな開場でした。公演も大成功を収めました。受け入れ側の暖かいおもてなしに大変感激し感謝いたした次第です。
2007年08月20日
人形劇団かじまやぁ
19日(日)読谷村図書館主催で「キジムナー」を公演しました。公演終了後こ子供に人形の扱い方の指導をしているスナップ写真です。開場は超満員でした。人形劇団かじまやぁの人形劇はとても楽しいですよ。ご覧になりたい方は本当かどうか、読谷村図書館にお問い合わせしてみてください。我田引水ではありませんよ。口コミで広がる人形劇団かじまやぁ、、、、大城立裕先生もビックリされて推薦文を書いていただきました。後日掲載したいと思います。
2007年08月19日
人形劇団かじまやぁ

この写真のカットは演目「チョンダラー」の一場面です。とても楽しい人形芝居です。
今日はこれから演目「キジムナー」の公演のため出かけます。この「キジジムナー」は北は北海道・東北・関東は勿論日本全国で公演して大好評をはくしています。口こみで広がっています。一度見たら必ず誰かが他の公演地を紹介してくれます。
そのほかの演目には「孫悟空」、「チャンプルー孫悟空」ほか
2007年08月18日
桑江良健の絵・移動14
絵の題名:人形作家川本喜八郎氏と玄徳と孔明達
レズボスで絵を描き始め仕事も順調に進んだ頃パリの友人に便りを書くことにしました。勿論住所はレズボスの郵便局とめです。返事が来るまで2週間ほどかかります。アルジェリアで絵を描いていると思ったら、ギリシャのエーゲ海の島からの便りにビックリしったそうです。私の人生は常に万事このような感じです。自分では一生懸命に計画を建てているつもりですが、どこか間が抜けているといおうか恥ずかしい限りだ。絵はF10号30点ほど描かなければならないから忙しい。移動しながら絵を描いたお陰で、油彩画でも鉛筆画のように絵の乾きを待たずに描き続ける事ができます。そのお陰で仕事も順調に進み全部描きあげ1週間ほどかけて乾かしパリに送る。その間100枚木のスケッチをする。このスケッチが後々大変役に立つ事になる。
2007年08月18日
沖縄人形芝居「チョンダラー」公演

去る5月22日渡名喜村での公演状況を掲載します。その時は歌者の新城亘さんもご一緒で公演は大成功でした。渡名喜小・中校の児童・生徒はじめ大人の方々、たんめー(おじー)、うんめー(おばー)達もご覧になりました。
2007年08月17日
父の肖像

この絵は約30年前に描いた親父の肖像画です。私が絵を描くきっかけになった小学5年生の時の親父の死。このことは6月26日「桑江良健の絵・5父の誕生と死」に詳しく書いています。下手な絵だがその下手さ加減がいいのではないかと思っています。かじまやぁ美術館は去年の九月に落成しました。150号から大小50点程の絵と人形劇に使った人形が200体程展示しています。
美術館をご覧になりたい方は電話して頂けたら調整が可能です。入場料は勿論無料です。 電話:098-52-8084 人形劇団かじまやぁ
2007年08月16日
桑江良健の絵・作品1

画像が添付できるようになりました。「JavaScriptをON」にする事が出来ました。マッシーさん有難う御座いました。
この作品はフランドルの画家ブリューゲルの「反逆天使の墜落」と云う作品をマークして描いた最初の作品で「あじくーたー」と云う題名です。
2007年08月16日
桑江良健の絵・移動13
レズボスに来て何週目かに買い物に出かけた際、ビックリした事が
ありました。こちらの女の子は口笛で「ひゅー」と私に合図を送る、日本では男が女
の子に口笛で合図するのだが、さすがプラトンが
影響を受けた女流詩人が生まれた土地柄なようです。当地での
制作は順調に進むが滞在期間が限られているので急がねばなら
ない。立ち入り禁止区域とは知らず、絵を描いていたらジープに
乗って将校らしき人が来て、「そこで何をしているのだ」とたずねる。
レズボス島とトルコまでは僅かな距離で、巡洋艦から双眼鏡で
不審な人が居ると思ったのだろう。「トルコ側に何か合図を送って
居ると思ったようだ。絵を描いていることが判ったら、描きかけの絵
が描き終えるまでは立ち入りを許された。
2007年08月15日
桑江良健の絵・今日は8月15日

8月15日は終戦記念日と云う人もいれば敗戦記念日と云う
人もいるが、私はこれに異をとなえる気はありません。この日は
母の命日になっているので静かにしていたい。戦争が終わり
フィリッピンから引き上げる船上で死んで2番目の兄が写って
いる写真(長女姉が一歳の誕生日を迎えた時の記念写真)
が唯一残っていたので22、3年前に絵にして見ました。
私には子供が居ないが親の何たるかが判る気がします。



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