2007年11月20日
桑江良健の絵・移動50

兄妹 大きさ:F25号 個人蔵
フランスでヒッチハイクをする事は、私にとって無意味な事だと思った。大事な時間を無意味に過ごしているように感じる。
ヒッチに見切りを付け列車でパリに行く事にした。でもパリに行ったからと云って今後の生活は厳しくなる一方だ。
今の様な生活をしていたらダメになる事は明らかだ。このような事を考えつつ列車に乗り込む。
車中でキップの確認に車掌が廻ってきて、私のキップを見て「あーでもない、こうでもない」とフランス語と英語で話すが、チンプンカンプンだ。隣の乗客も通訳するが、私には理解できない。とうとう車掌は「私のキップに何か書き込みをし」去って行った。
後でその意味が判った。乗車する前に「キップを切らしなさい」と云う事だと判った。それをしないとキセル乗車とになされ、3倍ほど余計に払わされてしまいます。
20センチ角で高さ1メートルほどの自動キップ切り機が、プラッホームの入り口付近にあるのを知りませんでした。語学が堪能であれば、3倍払わされるところでした。
職を探しにアルジェリアまで行って何もなし、職探しの旅が終わる。また、暗く寒いパリでの生活が始まる。
2007年11月19日
桑江良健の絵・移動49

あじくーたー 大きさ:144x121cm かじまやぁ美術館常設展示
アルジェからマルセイユまでの記憶は殆どない。ただ船のデッキから見たアルジェの街の風景が目に浮かぶ。
マルセイユに着くと寝場所を探すため夜の街を歩いていると、5,6人の男が歩道に車座になって座って酒盛りをしている。乞食さん達である。
「どの辺りが寝場所にはいいか」尋ねたら、「君も一杯飲みなさい」と薦められワインとチーズをご馳走になる。
彼らと別れ寝場所を探し、いつの間にか寝入ってしまう。日も上がらないうちに目が醒め、ヒッチハイクをするためパリ方面行きの道路に立つ。
程なくして、毛皮のコートを着た若い婦人が来て曰く「何をしているのか」尋ねる。事情を説明すると、私もパリ方面に行くから一緒にヒッチしようと云う事になる。
その前に、カフェーで「何か食べよう」と云う事になり、近くのカフェーに入りコーヒーをご馳走になる。
彼女は女性が持つハンドバッグなど何も持ってない。毛皮のコートを着て居るだけだ。
二人でヒッチを始めたら、彼女が、手を握り親指を立てヒッチのポーズをするものだから、、、、車は止まる止まる。そのつど彼女は、私を指差し「彼も乗せてくれ」と頼むが、それを聞くと皆、走り去っていく。
そうこうしている内に、一台のスポーツカーが止まる。彼女と運転手が、何か二言三言話してから風の如く走り去って行った。
当然であろう。その後、私は夕方までヒッチを続けるが1台も止まらない。これが浮世のサガであろう。
2007年11月14日
桑江良健の絵・移動48

うしんちー F4号 個人蔵
オランからアルジェまでのヒッチハイクもとても簡単に出来ました。軍将校の家族の車に乗せてもらいました。
アルジェには夜着いたので浜辺で寝ていたら、軍の兵士が来てここは危険だから、「ここでは寝るな」と云われやむなく街の中心地のベンチで寝る。
警官がやって来て、私が見守ってあげるから、「安心して眠りなさい」と言ってくれる。3日間職を探す為に同じベンチで夜を過ごす。
私の考えがとても甘く、現地で職が探せる程世の中は甘くないです。一人雇うと色々手続きが面倒くさいらしい。何箇所か当たって見たが断られる。
何のために5000kmも移動して来たのか、、、、自問自答 。
ここアルジェに居てもしょうがないので、取り敢えずフランスに戻ることにしマルセイユに向かう。
このままでは本当にダメになってしまうと、船の中で今までやってきた事を色々考える。
2007年11月11日
桑江良健の絵・移動47

人形使いとキジムナー達 大きさ:F100号 かじまやぁ美術館常設展示
車を気にしつつトボトボ歩く。間もなく1台の90cc程のバイクをヒッチする。後部座席に乗せてもらう。
彼は郵便局に勤めているらしく、アルジェリアがフランスから独立する時に戦ったそうです。
アルジェリアではヒッチハイクが楽な分、思い出せる記憶があまりない。
フランスの作家・カミューの作品・ペストの舞台になったオランと云う街に入った時、子供達が4,5人並んでおやつを買っているので、私もその後ろに並んでまっていたら、そこの若い青年は私からは金を受け取らずにおやつをくれた。
概して、イスラム教の国の人は貧乏人の旅行者には親切です。少なくとも私に限って云えば、とても親切にして貰いました。(モロッコの税関吏一人以外は、、、)
2007年11月10日
桑江良健の絵・移動46
H氏の肖像 大きさ:F100号 かじまやぁ美術館常設展示
ウジュダからバスでアルジェリア国境まで行く。何処の国境もそうですが、独特な雰囲気がある。
バスを下り100mほど歩きモロッコの税関で出国手続き。私以外誰も居ない。アルジェリアの税関までの間に緩衝地帯があり、歩いてアルジェリアの方に行き、無事入国。
税関の建物以外何もない。とことこ歩くが民家らしいものは何も見当たらない。とても静かです。日もかげってきたので道端でテントを張る。サソリが居そうなので、テントに入って来ない様に気をつけ、暗くならないうちに食事を取り寝る。
2007年11月09日
桑江良健の絵・移動45

人物 大きさ:F25号 かじまやぁ美術館所蔵
自転車を押して歩き始めて、「アルジェまで本当に行けるのか」自問自答しながらの毎日。
夕方頃、突然私の前に車が止まる。ひやかすつもりなのかと一瞬思う。中から4人の男が下りてきて、「日本人か」と日本語で答える。勿論そうだと返答する。
「何処へ行くのだ」と聞くので、今までのことを話すと、彼等曰く「我々は今からモロッコに行くところだ、貴方が歩いているのを見て、日本人らしいのでUターンしてみたのだ」と。。。
再度モロッコ入国を試みる。日本人5名で、それに車と来ているので簡単に入国できた。これが浮世か、、、
彼らのお陰で国境の街・ウジュダまで連れて行って貰う。そのお礼と云うわけではないが、ポンコツでは有るが自転車をプレゼントする。自転車で何か買い物が出来そうなのです(折りたたみ式なので車のトランクに入る)。。。。
アルジェリアはヒッチで行くつもりですので、もう自転車は必要ない。
彼らとはウジュダで別れ、又独り国境に向かう。
2007年11月04日
桑江良健の絵・移動44

あじくーたー 大きさ:104x91cm かじまやぁ美術館常設展示
アルジェスラスを後にして、自転車のタイヤが縦に30cm程パンク。修理が不可能となる。自転車を捨てて、テントと寝袋其の他の日用品、を背中に背負って移動しようと試してみた。14,5分なら何でもないが、それ以上となると厳しい事が判る。パンクした自転車に荷を積んで押した方が楽だ。
マラガの手前に、コスタ・デル・ソル(名前?)と云う町がある。以前ポンコツ自動車で移動したとき行った事がある。そこで似顔絵でも描けるのではないかと、かすかな期待を抱き移動する。
アルジェスラスを後にし4日程して、海辺でテントを張り飯を食っていたら、南の空の方に流れ星が落ちて行く。無性に親父の事を思いつつ眠ってしまう。
2007年11月03日
桑江良健の絵・移動43

あじくーたー 大きさ:160x140cm かじまやぁ美術館常設展示
今日はモロッコに入るわけですが、タンジールに向かうかセウタにするか迷った。タンジールはマラケシュやカサブランカに行くには都合がいい。また若い旅人が多いので情報も入りやすい。でも少しアルジェに行くには少し遠回りになるので、スペイン領のセウタに渡り、そこからモロッコに入る事にした。アルジェスラスからアフリカのセウタまでは目と鼻の先で、ジブラルタル海峡をフェリーで渡ればすぐのところです。
スペインの税関を通りモロッコ側の税関に行ったら、税関吏に「少し待って居ろ」と言われ小一時間待たされる。その間、他の車に乗った旅行者はスイスイと通関していく。何故だろうと思っていたら税関吏曰く「帰れ」だ。何故だと聞いても「とにかく帰れだ。
私がイスラム圏で初めて「不親切」を体験した日だった。パリから3000km移動して入国を拒否されるとは。。。本当に難民になってしまった様だ。
やむなくスペイン側の税関の方に戻る、スペイン側は再入国を認める。今後どうするか迷いあぐねた末、とりあえずアルジェルラスに戻る事にする。今思うとタンジールから再度入国を試みたら成功したかも知れない。当時はそこまで考える余裕がなかったようです。マラガからアフリカ行きの船があるかも知れないと思いマラガに向かう事にした。
2007年11月02日
桑江良健の絵・移動42

あじくーたー 大きさ:F25号 かじまやぁ美術館常設展示
パリを出発して約一ヶ月3000km、アフリカ大陸が見えるアルジェスラスに着く。自転車もパンク続きとスポークが何本か折れたが何とか着く事が出来た。明日は待望のモロッコに入る。その夜は小高い丘の上でテントを張る。でもアルジェまでは、まだ2000kmもある。テントの中で色々今までのことに思いを巡らしていたら、自動小銃を持った兵士が来て、「そこで何をしているのだ」と尋ねられる。私がテントを張っている場所は、スペイン領ではなくイギリス領の「ジブラルタル」の様だ。今まで気が付かなかったが、イギリスが地中海に進出するために確保している基地の様だ。 多分スペイン無敵艦隊を打ち破って、押さえた陣地のように思う。
2007年11月01日
桑江良健の絵・移動41

人形劇団かじまやぁ 大きさ:184x161cm かじまやぁ美術館常設展示
アンダルシア地方に入りとても暖かく体は楽だが、自転車はパンクパンクの連続。ジブラルタル海峡を吹き抜ける風が、真正面から吹いてきて前進するのに一苦労だ。人間の歩く速度しか出ない。カディスと云う街から、アフリカ行きの船がありそうなので行ってみた。残念ながらそこからはカナリア諸島にしか行かないとのことである。モロッコにはアルジェスラスから出ているとの事です。
アルジェスラスが見渡せるところまで来たので少し休む事にした。一羽の鷹が空中で静止して獲物を狙っている。多分ねずみかリスなどを探しているのだろう。何度も何度も試みるが失敗に終わっている。
私が座っているお尻の下で何かが居るようです。お尻の下のワラの中に手を差し込むと、リスが居て難なく掴む。勿論直ぐ放してやる。鷹は獲物に狙いを定めて攻撃しても獲物に有りつけず。私は何気なく腰を下ろしたら、お尻の下にリスが居る。人生もこれと似ているかも知れません。
2007年10月31日
桑江良健の絵・移動40

構成 大きさ:F25号 かじまやぁ美術館所蔵
パリを出て何日になっただろうか。マドリッドに入るためにはちょっとした山脈越えがある。雪化粧した上り坂を自転車を押して歩いていたら、行きかう車の中から応援の声を掛けられる。内心「人の気も知らないで」と思いつつ山越えをする。丁度日本に例えたら日本海側から太平洋側に出たようなものです。峠を越えると本当に暖かく感じられる。下りは一気に下る。とても暖かい。
人間不思議なもので、楽に過ごしたところはあまり記憶がないものです。マドリッドに入って、日本の何処かのテレビ局が撮影している側を通っていった事とか、グラナダあたりを移動中すれ違ったバスの中から日本語が聞こえてきた事ぐらいしか覚えてない。コルドバの夕日が大きくて美しかったのも覚えています。自転車のタイヤは限界に来ているように感じる。
2007年10月24日
桑江良健の絵・移動39

あじくーたー 大きさ:144x121cm かじまやぁ美術館常設展示
旅人はその地名の響きで移動する率が多い。暖かいアンダルシア地方に早く入りたいが、「サラマンカ」と云う響きがいいのでそこを経由してアンダルシアに入るか迷う。そこを経由すると寒い所に長くいることになる。
手前のブルゴスと云う街を経由する事にする。そこも寒いではある。
自転車のブレーキが寒さで凍って元に戻らない。坂を下る時ブレーキをかけて下りるのだが、平地になってもブレーキがそのままだ。ハンドルからタイヤまであるブレーキ用の線が、それが通っているパイプの中が凍ってしまう。布でこすって暖め元に戻し走る。パンクの回数も多くなる。
水をもらう為村に入ったら、上り坂のところで、後から10頭ほど牛が一列縦隊でついてくる。自転車を押して歩いている訳だが、何しろ路面が凍っているのでうまく歩けない。道幅は2,3mしかないので、牛の角で引っ掛けられたらひとたまりもない。避難するへこんだ所がないので、やむなく立ち止まってジーッとしていたら、牛達は私の目の前を、私には目もくれず通り過ぎていく。
2007年10月23日
桑江良健の絵・移動38

通り 大きさ:F6号 個人蔵
いつものように高原の国道を、淡々と自転車のペダルを漕いでいる。でも何か変だ。立ち止まって振り返ると、30m後方に子犬(人間で云えば13歳くらい)が立ち止まりこちらを見ている。
また漕ぎ出し2,3kmして振り向くとその子犬がいる。
「何をしているのだろうか」。。。
この子犬は自分の村に帰る途中で、俺を追い越したいが躊躇しているのかと思った。
又漕ぎ出し村も過ぎた頃振り返ると、その子犬がまだ追いかけてきている。やっと飲み込めた。
この子犬は私と一緒になりたいのだ。困ったものだ、私にはこの子犬を扶養する能力がない。
「追っかけてくるな」と促すが、15,6kmも着いてくる。
これではいかんと思い心を鬼にして追い払う。
人間、物心両面に余裕がないといけない。
2007年10月22日
桑江良健の絵・移動37

憩い 大きさ:F100号 かじまやぁ美術館所蔵
寒い所を旅している時、何に一番幸福感を感じるかと云えば「暖」ではないかと思う。何時も冷たい地べたでテントを設営しているので、わらの上での設営はなんとも云えないほど嬉しい。
干草があつさ50cm程で、広さがテントを設営するのに程よい広さの上で寝る。なんとも云えない暖かさで気持ちがいい。何時の間にか寝入ってしまう。
目が醒めると、まばゆいばかりの明るさである。昼間まで寝てしまったのかと思い、テントの入り口を開け外を見たら何も見えない。一面、霧に包まれている。上を見上げたら太陽の光で真っ白い輪になっている。何とも表現の強いようがない光景である。
神が私に後光を照らしてくれているのか、それとも行く先が霧の闇の中か。色々考えてしまう。
2007年10月17日
桑江良健の絵・移動36

あじくーたー 大きさ:144x121cm かじまやぁ美術館常設展示
スペインに入り暖かいにので気も楽になった。
それはとんでもない間違いだった。サンセバスチャンは平地で直ぐ海に面している。
サンセバスチャンを程なく進むと登り坂がずーっと続き、
標高800mほどの高原地帯にでる。大西洋から吹く偏西風でとても寒い。
スペインに入れば暖かいと思っていたので、不意打ちを食らった感じ。
自転車は頻繁にパンクはするし、スポークも折れだす。先が思いやられる。
自転車に乗って移動する時、手とすねがとても冷えるので、
ビニール袋を拾い手袋と脚絆の代用とする。
夜テントで寝ると翌朝、テントの中は氷が一杯張り付いている。
それでもとりあえず前に進むしかない。アルジェリア迄はまだまだ遠い。
2007年10月16日
桑江良健の絵・移動35

あじくーたー 大きさ:F25号 かじまやぁ美術館常設展示
ボルドーを後にし、バスク地方の中心地サンセバスチャンに入る。
ここはもうスペインだ。さすがにフランスより暖かい。
このバスク地方は沖縄と似た境遇に有る。違いはと言えば、
今でもスペインから分離独立の武装闘争している所です。
私が知っていたバスク人が、スペインの秘密警察の人に
パリのアパートで子供の前で銃で撃たれる。幸い弾は心臓の下
1cmのところに当たったらしく一命はとりとめる。
彼は絵描で、バスチーユの彼のアトリエに何度か訪ねた事がある。
彼らは命がけで生き絵を描いている。
ナポレオン曰く、ピレネーを越えたらアフリカだ。
サンセバスチャンの街を過ぎたところでテント設営。
久しぶりに暖かく気持ちよく寝られる。
2007年10月13日
桑江良健の絵・移動34

人形使いとキジムナー 大きさ:F25号 かじまやぁ美術館常設展示
淡々と自転車のペダルをこぐ。人が普通歩くが如く一日80km。
旅をして外でテントを設営すると毎日緊張とある恐怖感が付きまとう。
その恐怖感を振り払う為に、私は完全に疲れるまで移動する。
人によっては何時も余力を残して置く人もいるようです。
その日はボルドーに入り、国道から少し入った雑木林の中でテントを設営。
テントの中で夕食をとり早めに床につく。遠くで犬の遠吠えがする。
何か不吉な予感がするが、疲れて眠ってしまう。
何かの音で又目が醒める。犬の群れが近づいてくる。もう遅い。
犬は直ぐ近くまで来ている。満月の夜だ。
でも犬も直ぐにはテントの所に来ない。彼らもいぶかしく思ったのだろう。
30分もしただろうか、とうとうテントの直ぐそこに4、5頭の犬がいる。
月光でテントに犬の影が写る。1mmにも満たないテントの壁の厚さ。
左手にナイフを右手に金づちを握り締め、心臓の高鳴るのを必死に押さえる。
テントの覗き窓から外を見てみると犬の顔が見える。
目が合うと困るから、じーっとナイフと金づちを握り閉めて身構えている。
犬達はテントの周りを何度か回る。
一気に襲い掛かられると命はない。
ボス犬の頭に一撃を加えられるかそれだけしか考えない。
緊迫した時間がとてつも長く感じられれた。が、犬達はとうとう去っていく。
疲れがどっと出てそのまま寝入ってしまう。
翌朝、木こりのチェーンソーの音で目が醒める。
2007年10月12日
桑江良健の絵・移動33

人形劇団かじまやぁ 大きさ:164x141cm かじまやぁ美術館常設展示
若い頃バルザックの「谷間のゆり」と云う小説を読んだ事がある。
ロアール河沿いに建つ城での物語りだったと思うが、
城からの眺望は素晴らしく描かれていた様に記憶している。
パリを発って何日かして、ロアール河に着く。
夕方クタクタになりやっとロアール河のほとりにテントを設営する。
一人の中年のつり人曰く、「そこでテントを張るのは危険だ、増水したら流される」。
バルザックと自分を比べ色々考える。
「谷間のゆり」を読んだ時はとても素晴らしい眺めで感動したものだ。
現実にこのロアールの川辺で寝ていると、バルザックの気持ちにはなれない。
夢を見ている様に疲れ果て寝込む。
2007年10月10日
桑江良健の絵・移動32

あじくーたー 大きさ:F25号 かじまやぁ美術館常設展示
パリを出て初日、テントを張り横になったのだが、なかなか寝付かれない。
少しジメジメしてたところにテントを設営したため、
くるぶしだけが針の先ほどのヶ所が冷えてきて目が冴える。初めての経験だ。
脂肪がついてない所は寒さに敏感だ。
今回の移動は画材は持ってないので楽だ。
でも自転車は相変わらずパンクする。
アルジェで仕事が見つかったら、フランス語が必要になるだろうから、
移動中は自転車の前のバッグの上にフランス語の本を置き、
移動しながら勉強をする。
部屋で勉強した方が効率がいいと思うが、何しろ部屋代がもったいない。
本来、このような事はフランスに来て最初の年にしておくべき事で、
全くなさけない話である。
外国に来て5,6年もなろうというのに、私は全く自立できてない。
他の人達は殆どの方が、その地に根を張ってたくましく生きている。
それに比べ私はと言えば、全く話にならない。
人間一度間違った方向に動き出すと、その間違いに気づかないものだ。
「馬鹿は死ななきゃ直らない」と云う例えがあるが本当かも知れない。
2007年10月09日
桑江良健の絵・移動31

あじくーたー 大きさ:104x91cm かじまやぁ美術館常設展示
キャンプ場を後にして行くあてもないので、とりあえずハンブルグに行く。
私の愚作でも都会であれば売れるかもしれない。
ハンブルグの画廊に入り絵を「買わないか」と頼んでみたが丁重に断られる。
これから冬に向け金を稼がなければならない。全く稼げる見込みなない。
フランスの滞在許可があればモンマルトルで似顔絵でも描くが、
今はそれもないし思案に暮れる。
とりあえずパリに向け南下する事にする。
フランスに入国すらあやうい。
所持金をチェックされると拒否される可能性がある。
パンク・パンクの連続でやりきれない。自転車が日本製なので
タイヤの交換が出来ない。
何はともあれフランスに入国はする事が出来た。
フランス滞在期間は3ヶ月しか出来ない。どのようにしたらいいか迷う。
アルジェリアで仕事を探す事に決める。
当時アルジェリアで日本の企業が仕事をしていたので、
「現地採用」があるかも知れない思い決心する。
考え方が何と甘い事か。今更ながら自分自身にあきれかえるばかりだ。
本当に馬鹿としか言いようがない。合理的に考えれば、日本に帰って
金を稼ぎ又フランスに再度来た方がいい。そんな知恵も働かない。
パリも寒くなりだしたので、10月ごろポンコツ自転車と共にアルジェに向け出発。
アルジェまでは5000kmある、2ヶ月の予定。



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